P06~07 わたしの研究69 テーマ メンタルヘルスの向上と、精神障害者とその家族の支援 本研究所研究員 (精神保健福祉・精神保健学) 小山明日香  2023年4月より熊本学園大学で勤務しています。私の専門は精神保健福祉、精神保健学ですが、学部時代は社会学(ゼミは福祉社会学)を、その後は臨床心理学も学びました。精神保健福祉士であり、かつ一通りの心理検査や心理療法の経験のある心理士でもあります。これまでの研究の主なテーマは、精神障害のスティグマ、ひきこもり、精神保健医療福祉の政策研究、認知症の介護負担感、自殺・希死念慮、精神障害の地域疫学研究、認知症の神経心理、高齢者うつなどです。テーマが定まらないのは、行き当たりばったりで目の前のことに衝動的に飛びつきやすい性格ゆえかと思います。とはいえ、人々のメンタルヘルスの向上と、精神障害者とその家族の人生の支援は私のなかで一貫したテーマであり、特に「メンタルヘルスに関する普及啓発」「自殺予防」「家族支援」「地域疫学研究」あたりについての量的研究は今後も継続していきたいと考えています。 研究の原点  大学院に入学して間もなく、大阪池田小事件が起こりました。事件直後から、犯人には精神疾患があり精神科に措置入院歴があることがさかんに報道され、精神障害者とその家族は非常に肩身の狭い思いをすることになります。「精神障害者はこんな事件を起こすと思われるのが怖くて外出しづらい」といった声が全国精神障害者家族会連合会(全家連。現在は解散)に多く寄せられたそうです。このような状況を重く受け止めた全家連は、当事者とその家族、精神科医に対して事件報道による影響についてのアンケート調査を行うことになり、そのときに指導教員の一人であった大島巌先生が私に調査を手伝わないかと声をかけてくださりました。多くの当事者たちの思いをタイムリーに集めようということで、大急ぎで調査の準備をし、1,000人程を対象に調査を行うことになりました。当時の私は知識も経験もないなかで周囲の助けを借りながら調査を行い、報告書を作成しました。その報告書は、精神障害をめぐる報道のあり方に関する要望書とともに各報道機関等に配布され、予想以上の反響がありました。調査結果をもとにした訴えがどの程度社会に届いたかはわかりませんが、この経験を通して、研究とは社会に何かを訴えたり働きかけたりするための強力な手段であることを学びました。これが私の研究の原点です。 政策研究(630調査)からの学び  大学院を卒業して、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所のポスドク研究員になりました。そこでの中心的な業務のひとつが、「精神保健福祉資料」、通称「630調査」の実施です。630調査とは毎年6月30日付で、すべての精神科病院・診療所、障害者福祉施設・事業所、および精神保健医療福祉行政を対象として状況把握のために行われる調査のことで、国の施策や都道府県の医療計画のための基礎資料となります。いわゆる悉皆調査(=全数調査)であり、調査によって、わが国ではいまだ30万人近い人が精神病床に入院をしていること、医療保護入院や措置入院などの非自発的な入院形態で入院している人が半数ほど存在すること、何十年もの間入院を続けている患者が少なからずいることなどがわかります。一方で、毎年の推移をみれば、入院患者数や長期入院患者数は徐々に減少傾向にあり、福祉施設や事業所は増加していることもわかります。業務を通じて、わが国の精神保健医療福祉の現状を目の当たりにすると同時に、数字で客観的に現状を明らかにすることの重要性を学びました(もちろん、数字だけでは把握できないことが少なからずあるという限界も十分理解しているつもりです)。 現場での疑問を研究に  5年間の研究所生活を経て、地元熊本に戻ることになり、熊本大学の神経精神科で研究と臨床に従事しました。熊大では全国1万人認知症コホート研究の一部に参加したり、患者さんと接するなかで生じる疑問をもとに仮説を立てて検証するような研究を行ったりしました。熊大で行った研究のひとつが認知症の人の希死念慮に関する研究です。認知症の人は遂行機能が障害されるために仮に死にたいと思っても既遂に至らない、というのが一般的な認識で、実際に自殺率も低いのですが、認知症はうつ病の合併も少なくなく「もう死んだほうがいい」などと口にする方がおられます。そこで、認知症の人の希死念慮について調査したところ、約1割の人に希死念慮があり、認知症の行動・心理症状(BPSD)が強い人に多いことがわかりました。この研究で、認知症の人の不安な気持ちに周囲が目を向け、受け止める必要性を示すことができたのではないかと思います。 おわりに  大学院~ポスドク時代に3人の子どもを出産した私は、子どもの発熱や体調不良に振り回され(今では3人とも健康が最大の取り柄です)、自身の要領の悪さも相まって思うように仕事ができない日々が続きました。ポスドクの任期が切れるタイミングで、次の職もないのでアカデミアを離れようと意を決して上司に報告にいったところ、上司は「こういう時期は細く長く、続けることが大事なんや」と研究を続けられるように取り計らってくださりました。その上司をはじめとした多くの方々やいくつかの女性研究者支援制度のおかげで今も仕事を続けることができています。そして学園大でこうして働くことができることに感謝しています。現在は、まずは教育に尽力すべしと研究から遠ざかり気味ですが、少しずつ再開していければと考えています。精神障害やこころの悩みを抱えた人々とその家族が少しでも生きやすい社会を実現できるように、微力ながら貢献できればと思います。